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愛知県半田市の生活について(2)

 今回は前回の続きを述べたいと思う。
 私がミツカングループの本社に配属になったのは、1995年の11月だが、この月にいろいろな事があった。
 配属されて、最初に指示を受けた業務は社長室の神棚に飾るミツカンの商品を揃えることだった。それは、部署は忘れてしまったが、野々山課長(以下仮名)に聞いて揃えるよう指示を受けた。私は早合点して、全国各地の工場まで行かなければいけないのかと思ったが、半田地区で揃えることが出来ることが分かったので、話を聞いて落ち着いた。
 また、本社で総務部を含めた社員旅行の企画が出て、私の部署からは阪口さんと私が参加することになった。行先は飛騨高山であった。私は車を所持していなかったので、旅行に参加する他の社員の車に同乗させてもらった。詳しいことは忘れてしまったが、宿泊先で阪口さんが当時やっていた恋のから騒ぎを見ているのが印象に残った。
 会社では高村総務部長との面談があった。部長からはとにかく結果をだすこと。努力することなどの話が出た。また、その一方で、部長が過去3回辞表を出したが全部返されたという話を聞いた。一番印象に残ったのは、当時の中央信託銀行の人が高村部長に用事で来たのだが、それより私の面談を優先させてくれた事だった。複雑な思いがあったが、私は感謝した。
 12月になると忘年会の幹事をやるよう指示を受けた。結局、私は車も行う場所もわからず、殆ど阪口さんや同じ部署にいた北村さんに行ってもらい、大変迷惑をかけてしまったが、なんとか無事済ますことが出来た。それ以降、少し部署内での人間関係がぎくしゃくしてしまった。
 あと、この間に会社で出すお歳暮の品として、このわたの引き取りを古川課長と一緒に車で行った。古川課長は私が一方的に話をしていたので迷惑そうな表情だった。自分も反省しなければと思った。
 翌年、1月になると私は表計算のソフトの講習を受け、実際表を作成した。後、当時ミツカングループの社員は車を使用して日常業務を行っていたので、どうすれば交通事故を減少させることが出来るかレポートを書いた。このような事があり、1月の高村部長との面談では、あなたは伊能さんのようにはならないと言われたのだが、みずぼうそうにかかり会社を一週間休んだあたりから状況は一変する。