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愛知県半田市での生活について

 今まで、話がだいぶそれてしまったが、今回は愛知県半田市での生活について述べようと思う。
 私が愛知県半田市での生活を始めたのは、1995年の10月末からである。何故10月末かというと、当時勤務していた会社への出社が11月からだったからである。
 11月になり、初めて会社に出社し、挨拶を済ませると当時のミツカングループの総務部長であった高村部長(以下仮名)に呼ばれ、今後のことについて話があった。話の内容は以下の通りである。ミツカングループに入社して、今まで流通部門の東京支店に配属させていたが、その当時の上司から使い物にならないという話を聞いた。そこで、君を半年間本社に置いて、仕事ぶりを見て判断したい。毎月1回君との面談を行う。なので、きちんと仕事を行うように。
 私は最後に東京支店にいた時、直属の上司から総務部長が言われたような話は聞いていたので、あまり驚かなかったが、まあ仕方ないかと思って配属された総務部のデスクに戻った。私の所属の課の上司は古川課長と言って、理系出身の温厚な課長さんだった。私が挨拶を済ますと、過去のことは気にしないから、誠心誠意業務に取り組むようにと話して親切に接してくれた。
 ミツカングループの本社地区には2つの独身寮があったが、私は荒古寮で寮生活を始めることになった。2つある独身寮のうち部屋の大きさが広い方を用意してくれたので、会社にはその点で感謝した。
 会社に出社すると私に話しかけてくる人がいろいろいたが、大きく分けて2つのパターンに分かれた。事情を知っている人はお前早く会社辞めた方がいいぞとか降格人事を受けた伊能さんと同じだとか私に言ってきた。事情を知らない人は私が当時の社長室と同じような部署に配属になっているので、お前きっと偉くなるぞとか本社の受付の女性社員と同じ部署に配属になって恵まれているなとか言ってきた。
 私と同じ部署の受付の女性社員は事情を知っていたので、私を助けてくれた。その当時、受付の女性社員は2人いたが、阪口さんとういう女性社員は社内で顔が広く、人気があったので私をよく社内の飲み会に連れて行ってくれた。今でも感謝している人である。
 荒古寮に戻ると、当時主任であった金山さんという人と根津さんという人が私に親切にしてくれた。寮では土日は食事が出なかったので、金山主任は自分の部屋での鍋パーティーに誘ってくれたり、根津さんは自分の車で食事に連れていってくれた。
 ミツカングループの東京支店にいた時はあまりいいなと思う人はいなかったのだが、半田市に移ってからは、本社とだけあって、綺麗な人が結構いた。私は受付の阪口さんに大分お世話になっていたのだが、当時総務部にいた三羽さんという人が気になっていた。部署が違うので余り話は出来なかったが、三羽さんは何人兄弟姉妹だったのか聞いた時三人姉妹ですと返事が返ってきたのが、今でも印象に残っている。